父は工場を出ると、二階の事務所に戻った。父個人名義の通帳数冊と、印鑑を探す。通帳のある場所はすぐにわかったが、どの通帳の印鑑がどれなのかがわからない。自身の会社の財務や経理を全て自身の姉に任せていた事が悔やまれる。「血を分けた姉弟?」実の…
従業員達は動揺していた。あたりまえだ。突然、会社の経営危機を伝えられたのだ。社長である父があまりにも無責任に見える。しかし、心にやましさがある人間は必ず目をそらす。良心がある人間ならば嘘をつく時、相手の目を見ることができないのだ。父は目を…
一階の工場に降り 工場のドアを開ける。 当時三台あった印刷機が激しい音を立てて回っている。 父は従業員に向かって軽く手を上げる。 起業以来続いている、作業を一時中断する合図だ。 父の元に集まってくる従業員に話す。 「今やっている仕事は、3日で終…
階段を上り、2階の事務所に入る。 さっき法務局に向かって飛び出したまま、書類が散乱している。 父は電話を取る。 日ごろから発注を頂いているお客様に電話をする。 「詳細は落ち着いたら、必ず話します。大変なご迷惑をおかけいたしますが、 現在お請けし…
父は法務局からの道を、自宅に向けてゆっくりと歩いていた。 もう走らないし、走る必要性も感じない。 頭の中は混乱し、足取りは重い。 会社の預金は全ておろされ、 自宅は売却されている。 ふと、会社にある現金を会社が持つ3つの金融機関の口座に分けて振…
父は自宅に向かって走っていた。間も無く本格的な春が訪れようとしている1980年3月24日。父の目には景色が陽炎のように歪んで見えた。息も切れ切れに自宅に辿り着くと自宅2階にあった事務所に入る。2階までの階段ですらもどかしい。事務所の無機質に白い壁が…
会社の預金が無いことを、2度の金融機関からの電話で知らされた父は 捜索願より先に、会社の通帳を持ち足早に金融機関へと向かった。 どちらの金融機関も、徒歩10分も掛からない。 さっきの金融機関からの電話が、何かの間違いであって欲しいと 一縷の望みを…
3月23日 日曜日の早朝「墓参りに行って来る」 と家を出たまま戻らなかった 父の会社の経理担当であった、父の姉。 当時私たち姉弟は「おばちゃん」と 呼んでいた。 3月23日深夜になっても戻らない おばちゃんの身を案じた父は 翌3月24日の朝一番 再度、おば…
私の人生を決定づけた 1980年 3月24日。 私と姉の伺い知らぬ所で 何が起きていたのか? 私自身が、この日の全容を ほぼ知り得たのは 中学生になった頃だろうか。 家族や親類から、 「あの時は...。」と話される まるでモザイクタイルの一枚のような 断片的な…
「よく来たね。早く食事をしなさい...。」 東京都中野区の父の実家に到着したのは、陽もすっかり暮れた時間だった。 私の自宅から、父の実家までバスで30分程度。 バス停からも近かったのだが母も混乱しており、 また母は極度の方向音痴であったためかなり…
「中野の家に行くから、今すぐに急いで支度しなさい!!」 一歳違いの姉と二人で炬燵に入りながら、再放送のアニメを観ていた 自宅3階のリビングに母が叫ぶように入って来た。 当時7歳と8歳の私たち姉弟から見ても明らかに 「血相を変えた」母の形相に驚き 動…
1980年3月24日 月曜日 東京都23区。天気 晴れ。 陽は延び始めたとは言え、三月下旬の風は まだまだ冷たく、陽が落ちるのも早い。 その日は、小学校の修了式の日。 私は当時小学校一年生。小さな印刷会社を営む父と専業主婦の母。 一歳違いの姉。父の姉、当時…
このブログに辿りついて下さった皆様。ありがとうございます。 私は40代半ばの何処にでもいるオッサンです。 いや!自分では何処にでもいるオッサンだと思っているのですが、 友人知人に私の今までの人生を話すと 「本を書いたほうが良くないか!?」 と言わ…